日の名残り
カズオ・イシグロ著 / 土屋 政雄訳
早川書房 (2001.5)
人生の終わりに近づいた謹厳な老執事が初めての一人旅で回想する古き良き時代のイギリス。
執事であった父親の威厳にみちた姿、女中頭に抱いた淡い恋、献身的に仕えたダーリントン卿のこと。
ノスタルジーと諦観が美しい田園風景に溶けこみ、静かな感動を呼びおこす。
執事というと、英国貴族や裕福なおうちが舞台の小説、映画、まんがなどで魅力的な存在感を持ちつつ、あくまで脇役…でしか知らない世界だったりします。
このお話の主人公、ミスター・スティーブンスはガチガチ見も心も「執事業」の人です。
ナチスドイツのシンパとして対戦中に活動し、戦後はそれ故に失意の日々を送らざるを得なかったダーリントン卿の執事であった彼は、自分の仕えている主人を信じ彼の言動に対して批判や苦言を持っていません。
同じ屋敷に仕えている女中頭のミス・ケントンとは結構密な関係でありつつ、あくまで「同じ職場の同志」としてしか接しないミスター・スティーブンス。
自分の感情よりも、ひたすら「執事」としての仕事が最優先の彼の行動はなかなかもどかしいですw
読者である私たちは、第二次世界大戦がどういう結果に終わったかを知っているわけです。
逆に当事者であった人々の考え方や気持ちは分かり得ない部分あります。
何となく、ミスター・スティーブンスの主であるダーリントン卿の言動をミスター・スティーブンスの目線で見ていると、結果的には大きな間違いを犯してしまった善意の人であるダーリントン卿と、彼を取巻く人々の言動や行動の端々を通して事の次第が分かる…という感じで描かれています。
静かな物語なのですが、ふっと今にはない「古き良き時代」の息吹を垣間見た感じが残りました。
文章やミスター・スティーブンスの考え方はとても「もどかしい」のですが、それが味だなーと。
英・ブッカー賞受賞(1989年)。
作者のカズオ・イシグロ氏は日本生まれなのですが、5歳で渡英して英国で教育を受け、この作品も英語で書かれていて、ご本人も今は英国に帰化している事から海外小説のカテゴリに入れています。