仮面の真実
バリー・アンズワース〔著〕 / 磯部 和子訳
創土社 (2005.1)
ペスト禍に打ちのめされた14世紀イングランド。
修道院を逃げだした若き破戒僧ニコラスは旅役者の一団に出会う。
旅の途中で立ち寄った村で遭遇する謎めいた殺人事件。
この事件を物語のなかに織り込みながら芝居を演じてゆくうちに、彼らは知らず知らず事件の真相に接近していく。
知ってはならない秘密に肉薄するにつれて、恐るべき運命が彼らの身に近づいてきた…。
若き僧ニコラスはリンカーン大司教に仕える副助祭で、ロバート・ド・ブライアン卿のもとに書記として派遣されていた時に卿のド下手な詩を写筆させられ続け、さらに長大なホロメスの詩を写筆せよと言われて卿の元を逃げ出し、フラフラと放浪しています。
割と見目が良く、亭主持ちの女性に言い寄られ、食べ物をもらえる…とついていき「つい」姦淫の罪を犯し、さらに亭主に見つかってあわてて逃げる際にマントを置き忘れ、冬の最中に腹も減り、凍えている所で旅の一座と出会います。
14世紀当時、脱走犯と見なされた者や仕官先のない浪人など身分証明の出来ない者は麩浪人として枷に繋がれたり鞭打たれたりするのは当たり前で、この僧ニコラスも脱走僧ですからその辺はおびえている訳です。
座長は記章を持っていて、くっついている限りは浮浪人と咎められる事は避けられます。
一方旅の一座は死んでしまった座員の欠員に、見目の結構良い、身のこなしも良い、歌も歌える若い男を拾う事になります。
この旅の一座が路銀ほしさに公演を打った村で少年が殺され、犯人の女性が縛り首を待つばかり…となっています。
道徳劇の芝居はたいした身入りにならず、金に困った一座は座長の提案で今この村で話題性のある少年の殺人事件を題材にした芝居を上演することにします。
この即興劇と言える芝居の情景が迫力あります。
当時の芝居は、民衆教化のため聖職者によって台本が書かれ、上演も僧侶かまたは教会に雇われた役者たちによって演じられた「聖史劇(サイクル劇)」、テーマ的に通年上演可能だった「人間」「霊魂」「美徳」「悪徳」「良心」など一般名詞や抽象概念を擬人化した登場人物が、人間の魂の救済をめぐって繰り広げる筋書きの「道徳劇」など、キリスト教に基づいたパターンのある芝居でした。
即興の芝居、それも現実世界の世俗の話を芝居にする…恐れ慄きながらも発せられる問いかけのセリフを、演じている役者や観ている観客のように固唾を呑み聞く思いがします。
実際に芝居に仕立てて演じていくと、この少年の殺人事件が綻びを見せ、思いもかけないアドリブが真相へとどんどん近づいていってしまう…という芝居の面白さもかなり魅力的。
また時代的に猛威を振るった黒死病の傷跡、キリスト教信仰の変化、封建社会の騎士と領主と民衆…移り変わりかける歴史の息吹も感じられます。
歴史推理として面白く、歴史部分の風俗や考え方も面白く、青年の成長物語としても読める…いや、楽しみました。
この作品、映画化もされています。 DVD化もされています。
ポール・ベタニー、ウィレム・デフォー、ヴァンサン・カセル出演、ポール・マクギガン監督、2004年作品。
原作と細かい設定やラストが違ったりしますが、座長のマーティン(ウィレム・デフォー)の役者の体作りはなかなか楽しかったです。
これは原作読んでからの方が楽しめたのではないかな…と思いました。